レポ&感想 陰ヨガ

なぜ陰ヨガをつたえるのか

陰ヨガをはじめて4年。
陰ヨガを伝えはじめて2年。
まだまだひよっこ陰ヨガインストラクターです。

私に陰ヨガの素晴らしさを教えてくれた田中しのぶ先生が、初めて陰ヨガ指導養成を開催するということで、今回、第一期生として参加させて頂きました。
師の元でさらに深く学ぶ3日間。

それはとても幸せで、やさしさと慈愛に満ちた時間でした。

迷子のインストラクター

ここ数カ月の間、私はどこか迷子になっていたような気がします。

たくさんの方に陰ヨガを知ってもらいたい
伝えたいことがたくさんある

そう思っている反面、理想と現実のギャップは大きく、神さまは今の私に伝える機会をなかなか与えてはくれませんでした。

いつも真っ白な予約表を見ては、寂しい思いになって、いつの間にか「なぜ陰ヨガを伝えたいのか」より「どうしたら伝えられるか」、そればかり考えていたような気がします。

たった一人でいい、どうしたらクラスに足を運んでもらえるのか…。

直接伝えられないなら、書いて伝えてもいい。動画で伝えてもいい。いくらでも方法はあるはず。

なのに、ペンが走らない。キーボードが打てない。動画を撮る意欲が湧かない。
いつも頭の中にモヤがかかったような、そんな状態が続いていました。

田中しのぶ先生の陰ヨガ指導養成は、そんな私に初心をたくさん思い出させて下さいました。

陰ヨガ解剖学

なぜ「解剖学」ではなく、「陰ヨガ解剖学」というのか。それは陰ヨガが解剖学を通して何を伝えたいか、それが明確だからだと思います。

骨の名前など、どうでもいい。筋肉の名前など、どうでもいい。起始停止など、どうでもいい。この動きをしたら、この筋肉に働きかける、それもどうでもいい。

陰ヨガ解剖学が伝えたいのは、生徒たちが一つの骨の人形に集まって、骨や筋肉について学ぶことではありません。

一人一人の体に触れ、比べ、そしてただ一人として同じ体がないこと、骨の大きさ、数、骨格、関節…全てが違うこと、それを学びます。

陰ヨガ解剖学は、一人一人の体の違いを理解し、寄り添う、慈悲の解剖学です。手足の短さも、内股や外股の脚も、苦手な後屈も前屈も、全てに意味があって、親から与えられた素晴らしいギフトであることを教えてくれます。

それを知っている陰ヨガインストラクターは、自分自身が大切でスペシャルな存在であることを、陰ヨガを通して一人一人の生徒さんに伝えたいときっと思っているはずです。

アジャストのある陰ヨガ

私が初めてアジャストのある陰ヨガを受けたのは、もう随分前、陰ヨガをはじめて1年くらいの頃だと思います。しのぶ先生が陰ヨガ創始者Paul Grilley先生の愛弟子であるJoe Burnett先生から学んできた「アジャストのある陰ヨガ」。

基本的に陰ヨガは生徒さんに対してポーズのアジャスト(体に触って調整)をすることはありません。でもこの「アジャストのある陰ヨガ」はペアになり、一人がポーズを取る相手の体をひたすら静かに支え続けます。

初めて「アジャストのある陰ヨガ」を受けた時、私はなんとも言えない感動と切なさと愛を感じたのを覚えています。

自分の体は大切にされる価値あるもの

ペアで支えてくれる方の、手のぬくもり、エッジ(刺激のポイント)を探る一生懸命さ、見守り続けるまなざし、ポーズを解放する際の丁寧な体の扱い。全てがやさしくて、自分はこんなに大切にしてもらえる価値のある存在なんだと気づくと同時に、その大切な体に対して、自分自身は今までどんなふうに扱い、どんな感情を体に対して持ってきたのか。体に対する懺悔と幸せの両方の感覚に気づかせてくれます。

見返りを求めない愛

アジャストをする側は、けしてラクではありません。体重を預けてくれる相手の体を長い時間支え続けます。腕はツリそうになるし、不安定な体勢で体が痛くなることもあります。

それでも共に静かな時間を過ごし、ポーズの後のリバウンドに入る際は、まるで大切な宝物を置くように、相手の体をゆっくりとマットにおろしていきます。それは最高のリバウンドを感じて欲しいという気持ちからで、そこに見返りの気持ちは一切ありません。

相手に無償の愛を注ぐことに、それほど大きな理由はないことに気づきます。自分のことより、ただただ相手に居心地の良さを感じてもらいたい。やさしさの原点がそこにはあります。

孤独の美しさ

アジャストのある陰ヨガの後、いつものように一人で陰ヨガのポーズを取ると、私はとたんに寂しくなってしまうのです。陰ヨガは不安定なヨガです。ぬくもりがないこと、支えがないことに不安を感じます。でも、そんな時に湧いてきたのは「大丈夫。強くあれ」という声でした。

陰ヨガはたくさんの人数で行なっていても、クラスの中ではいつも一人です。不安定なポーズの中、常にマットの上で孤独に自己と向き合い、身体と向き合い続けます。その孤独に対する美しさを私はとても強く感じたのです。

それはマットを離れた日常でも同じで、たくさんの人の愛に支えられて生きている私たちも、いつも孤独に自分と向き合っています。寂しさも切なさも、苦しさも、全て美しい感情だと思います。その孤独の中で、けして一人ではないことを、アジャストのある陰ヨガは教えてくれます。愛されていることを感じられるからこそ、感謝がそこにあるからこそ、静かに孤独でいられること。

今回の陰ヨガ指導養成で、田中しのぶ先生がこの「アジャストのある陰ヨガ」をプログラムに組み込んで下さったことに、本当に感謝しました。とても大切なことを、私に思い出させてくれたからです。

60分間のデモレッスン

最終日、番号くじでペアになった相手に60分間のデモレッスンをしました。

私がペアになった相手の方は、初めての陰ヨガのガイドだったようです。陰ヨガ自体も数回しか受けたことがないと。それでも本当に一生懸命ガイドして下さいました。やさしく、丁寧に。

私はいつものように丁寧にガイドをしました。一斉にガイドが始まりますが、60分間は周りは見えません。目の前にいる相手のことしか考えていないからです。

全て終わったあと、しのぶ先生は全体の総評をくださいました。たくさんの受講生の愛が、そこにはありました。目の前にいる人を大切に思う気持ち。私は皆さんに自分の伸びしろがたくさんあることに気づかせてもらいました。たくさん真似させてもらいたいことがあり、たくさん素晴らしいと感動しました。

予約表が真っ白で、途方に暮れていた自分にできることは、まだまだたくさんありました。

この陰ヨガ指導養成に参加した意味が分かった気がしました。

なぜ陰ヨガを伝えるのか

「何を」「どうやって」伝えていくのか、それは本や映像や人から学べるけれど、「なぜ」それを伝えるのか、そのメッセージの答えは自分の中にしかありません。

迷子になり、目先のことに囚われていた私は、その答えを見失っていました。

陰ヨガをはじめた頃の感動
陰ヨガが深まった時の内面の変化
陰ヨガが日常に溶け込んだ時の穏やかさ

生きづらかった毎日が、感謝で溢れるようになり
愛する家族に少しずつ愛を表現できるようになったこと
コントロールしようとしていた自分のことも周りのことも、待って見守ること
自分が変化することで、回りも穏やかに変化していく様子

そうか、そうだった

自分がそうであったように、「たくさんの人の傷ついて堅くなった心が、陰ヨガを通して少しずつ溶けていくように」、「自分を愛し、大切な人を大切にする勇気を取り戻せるように」、陰ヨガを通してお手伝いができたらいいな…そう思って始めた陰ヨガのクラスでした。

今回の養成講座で、あの時の情熱を思い出し、胸がとても熱くなりました。

もしかすると、いつかその思いさえ、変化していくかもしれません。でも、それでもいいと、陰ヨガは教えてくれます。

「絶対」はない。

全ては変化し、水のように流れていくものです。

この理解と慈悲のヨガである陰ヨガの魅力を、どんな形であれ、その時の私の学びの深さや経験から、時間をかけて皆さんにお伝えすることを、これからも粛々と続けていこうと思います。

クラスに予約が入らないのなら、文章で。

時には動画で。

いつか一人でも多くの人の心が解けていくことを願って。

敬愛する師

たくさん陰ヨガの勉強をしてきました。
映像、本、直接お会いし、たくさんの先生から陰ヨガを学びました。

でも、私の心からの陰ヨガの師は、やはり田中しのぶ先生でした。

いつも、前を歩き、光で照らして下さって、ありがとうございます。

抱えきれない感謝と愛を、先生に捧げます。

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